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日韓被爆二世友好の植樹式 [原爆]

 6月27日(土)山口市宮野江良墓地にある「非核三原則の貫徹と核兵器廃絶を誓う碑」建立地で日韓被爆二世友好の植樹が執り行われました。

 山口にある原爆死没者之碑には朝鮮半島出身者の遺骨も安置されています。
2011年、山口で日韓被爆二世交流会が開かれた時、韓国の被爆二世を死没者之碑に案内しました。
その時に韓国の被爆二世より韓国の国花であるムクゲを植えて欲しいと依頼されました。

 この度の植樹式には「非核三原則の貫徹と核兵器廃絶を誓う碑」建立地の管理者である(一財)山口県原爆被爆者支援センターゆだ苑や山口県原爆被害者団体協議会、在日本朝鮮人総聯合会山口県本部、全国被爆二世団体連絡協議会、当会の会員や支援者など約20名が集まりました。

 黙祷の後、当会代表より植樹の経緯を説明した後、韓国原爆被害者2世会李太宰(イ・テジェ)会長からいただいた
「困難な状況の中でも韓国原爆被害者と被爆2世が仰いでいるムクゲが、この地に植えられ花を咲かせられると考えると、原爆で犠牲になった方々の怨みの霊を慰める大切な行事だと考えられます。
今後も核の危険と戦争のない平和な世界の実現に向けて、日本と韓国の多くの人々が参加できるよう、日韓被爆2世の役割が大変重要になるといえます。
このような時代的状況と要請に対し、日本と韓国の被爆2世は、より一層連帯して持続的な平和交流活動と不幸だった過去が繰返されないように、責任感を持ってその役割を果たさねばならないでしょう。」
というメッセージを読み上げました。
来賓あいさつでは、「ゆだ苑」の理事長代理で出席された坂本さんが「これを機にいろいろな関係団体がお互いに信頼関係を築く一歩になる。オリーブと共にムクゲが成長し、平和が繁栄してほしい」と話されました。
二世協の前会長の平野伸人さんは「安倍首相は昨年、『唯一の被爆国民』と言った。被爆したのは日本人だけではない。韓国や中国、連合国の捕虜も被爆した。」「広島、長崎以外の地で日韓被爆二世交流会をし、韓国の被爆二世との約束通り、ムクゲを植樹できたことは韓国の被爆二世の励みにもなる。」と話されました。

 その後、ゆだ苑、県被団協、そして在日朝鮮人総聯合会山口支部の三名の方、二世協、当会、憲法を活かす市民・やまぐちの三名に方に土かけをしていただきました。
そして「日韓被爆二世友好の木 無窮花 核廃絶の信念と、平和の繁栄を祈って 被爆70年」と記したプレートを披露しました。
最後に参加者全員で記念撮影をし、そばにある原爆死没者之碑に献花をしました。

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 場所を移動し「総会&記念講演」が行われました。
総会では県被団協の森田会長からご挨拶を戴きました。
議事では2012年9月からの活動報告、会計報告、今後の活動計画、予算案が示され拍手をもって採択されました。
また山口県知事あてに「上関原発建設計画反対」や「米軍再編による米軍岩国基地への空母艦載機部隊の移駐を拒否」などを求める決議文とアメリカ大統領あての「米国のあらゆる核実験に抗議し、核廃絶を求める」決議文が採択されました。
 記念講演では二世協の前会長の平野伸人さんに「被爆70年をむかえて、被爆2世の役割」と題した講演をしていただきました。
平野さんはお母様やご自身の同級生の話をされた後、その時々の社会が被爆二世をどう見ていたかを分かりやすく話して下さいました。
最後に、被爆二世運動は被爆者の伝承者で止まるのではなく、「被爆二世の遺伝的な影響」という課題に取り組むことで「差別なき援護の状況」を作り上げようとまとめられました。

山口県の被爆二世健診について [原爆]

山口県から被爆二世健康診断のお知らせがきました。

1.時 期
  上期定期健康診断  6月1日~ 6月30日
  下期定期健康診断 11月1日~11月30日
  (希望健診として、定期健康診断以外の時期で受けたい時に年2回まで受診できます。2016年3月10日までに受診して下さい)

2.検査内容
 (1)一般検査
   ○視診・問診・聴診・打診及び触診による検査
   ○CRP検査
   ○血球数検査
   ○血色素検査
   ○尿検査(ウロビリノーゲン・蛋白・糖・潜血)
   ○血圧測定
   ○AST検査法・ALT検査法及びγ-GTP検査法による肝臓機能検査
    (ただし、症状や既往歴、一般検査の結果から医師が必要と判断した場合)
   ○ヘモグロビンA1c検査
   ※上記の検査項目以外の検査をされた場合は有料となります。
 (2)精密検査
   一般検査の結果、医師が必要と判断した場合に行う検査

3.持参する物
 (1)被爆二世健康診断受診申請書
 (2)被爆二世健康診断記録表(交付を受けられた方)
 (3)健康保険証
 ※(1)(2)については最寄りの保健所、健康福祉センターで申請できます。

4.実施医療機関
  最寄りの保健所、健康福祉センターにお問い合わせください

上関原発を建てさせない山口県民大集会 -福島を忘れない さようなら上関原発ー [原発]


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「NON」を掲げ、原発反対の意思表示をする参加者」

 3月21日、山口市内にある維新百年記念公園に4000人が集まりました。目的は「上関原発を建てさせない山口県民大集会-福島を忘れない さようなら上関原発」に参加するためです。


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 オープンニングは威勢の良い宇部太鼓で始まりました。

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 続いて事務局長の草地さんが「祝島島民が上関原発に反対してきた32年間の思いを県民全体の意志にするため昨年同様県民集会を開いた。上関原発建設計画は楽観できる状況ではない。安倍内閣は再稼働に突き進んでいる。福島の事故を繰り返してはならない。どの原発も動かしてはならない」と挨拶されました。

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 共同代表の那須さん、田川さんは安倍政権と山口県政を強く批判し、そういう思いを周りに伝えようと提案されました。


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 メインスピーカーの武藤類子さんは被ばく労働者が劣悪な環境で賃金を搾取されていることや子どもたちに対する人権感覚がないこと、高濃度の放射性廃棄物を燃やすための仮設焼却炉を500億かけて作ろうとしていること、仮設焼却炉なので環境アセスが不要なこと、それを三菱、日立など原発で儲けた企業が受注していることなどを暴露。また今の福島を戦争状態に例え「機関銃はないが命が脅かされている。しかし放射能に対する不安や疑問を口に出すことができない。生きる権利が奪われている。」と言われました。そして、二度と同じような悲劇を繰り返さないよう事故の原因究明と責任者を処罰させるために東電を刑事告訴していると言われました。



 次に祝島や上関町町民から発言がありました。

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 上関原発を建てさせない祝島島民の会の清水代表はボウリング調査や埋立を強行しようとする中国電力の作業員に対し、祝島の漁業者や全国の仲間と辺野古のような闘いを行ってきたことを話された後、「今日の田ノ浦は木々が青々と茂り、海も汚れていなかった。今後も田ノ浦の海と山を守っていきたい。計画が撤回されるまで全力でたたかいます」と訴えられました。


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 中国電力に訴えられている岡本さんは「僕たちの生きる権利、表現の自由、豊かな自然を守るためれからも闘います。」と宣言されました。


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 上関の自然を守る会の代表高島さんは田ノ浦やその周辺の素晴らしさを伝え「原発を頼らなくても自然を活かした道がある。奇跡の海を子どもたちに残したい。上関原発建設計画を中止させよう」と訴えました。


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 上関原発を建てさせない祝島島民の会の山戸事務局次長は祝島漁業者による公有水面埋立免許取り消し訴訟で原発建設により生命・財産が奪われる危険性を訴えてきたことや山口県は手続きをしただけと思っているかもしれないが、島民の人生を苦しめていることなどを説明した後「海の埋め立て申請の免許を失効させることが上関原発を白紙撤回させる大きなステップになる」と訴えました。

 その後、知事に対し埋め立てを認めないように求めた集会宣言を採択し、「NON」を掲げるパフォーマンスを行いました。
 最後に400メートルのデモを行いました。デモの参加者は2000人。青空の下「原発いらん!命が大事♡」とシュプレヒコールを上げながら歩きました。

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 会場の周りにはいろんなマルシェが40ブースありました。8・6実委は「戦争と被ばくを許さない写真展」を行い、パネルを20枚ならべました。写真を見られた高齢の広島出身の女性は「私は疎開していて被爆せずにすんだが、家族や親族が大勢死んだ。家も燃えた。戦後家を見に行った父が焼け残った庭の石を「さすがに石は燃えんかったの」と言いながら蹴ったら、ボロボロに崩れた。戦争は何もいいことがない」と話して下さいました。
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 今の福島も沖縄もそして岩国も戦争状態です。銃や戦車で殺されなくとも、人権が踏みにじられています。武藤さんは「自分の頭で考え、行動しよう」と言われました。人権が踏みにじられる行為には「NO」と言いましょう!

2015年全国被爆二世交流会 [原爆]

 2月14日〜15日にかけて、長崎市長崎県教育文化会館において2015全国被爆二世交流会が開かれました。全国から多くの被爆二世や支援者が集まりました。
 本年は、被爆70年という節目の年に当たり、私たち被爆二世に課せられた使命は増々大きくなっています。特に、被爆一世の多くが他界し、生き残った被爆者も、自らの被爆体験を話す最後の機会が近づいています。
 こうした被爆者をめぐる状況のなかで、今、被爆二世が被爆体験をどう継承するかということが、大きな課題となっています。長崎の証言の会の山川剛さんがこのことを3つの柱に分けて論じられ、歴史的及び科学的そして多面的に分析されました。特に、「教育というのは、自分が経験していない事を想像する力を身につけること。」だと訴えられたことには、強く共感しました。
 以下、講演の要約を記します。

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「被爆体験をどう継承するか」 〜語り継ぐ上での諸問題〜 
 はじめに、教え子の高校生が作ったリポートをもとにそこから、読み取れる3つのポイントをひも解かれました。

《夏休みに東京に行ったとき、友達に「長崎では9日は登校日だよ」と言ったら、
原爆投下の日を知らなかったらしくて「変なの」と言われたので教えると
長崎って戦争のイメージがあるから行きたくない」と言われてショックでした》。

 下線を引いた3つの箇所に注目して、
①普通の高校生が8月9日に長崎に原爆が投下されたという事実を知らない。
②長崎の高校生は、1970年に始まった平和教育によって同じ高校生に教えることができる。
③平和教育の目的をしっかりとつかむ必要がある。
 まず前提として、何のために伝えるか(目的)を明確にすることだ。当たり前のことのように見えて、そうではない。
 語り部をする際、以前、長崎市から「政治的なことは言うな。科学的評価が定まっていない劣化ウラン弾の被害等については語るな」というような指針が出たことがある。
 これは、許せなかった。被爆者は思い出話をしているのでは無い。今とこれからのために、非核、戦争廃絶(非戦)、平和な世界の実現のために話しているのだ。

だれが伝えるか
 次に3つの柱の1番目としてだれが伝えるかという担い手の問題がある。
 まず、被爆者、その中には直接や入市や救護•死体処理にあたった人や胎内被爆者の方がいるし、被爆遺構が伝える場合もある。
 次に被爆二世や三世が語り継いでいる。子どもに話していない被爆者も多いが、被爆者の一番近くにいて、被爆者の戦後の生き様を見て育っており、ぜひ今からでも遅くないので親に質問して聞きとって欲しい。
 そして圧倒的多数の非被爆者がいる。その気があればだれでも、語り継ぐことができる。
 最後に、継承の重要な担い手としてマスコミを上げられた。その上で、上記4つの被爆体験を引継ぐ担い手の全てに外国人が存在することと、被爆体験の継承のセンターとなる場所が必要だ。

何を伝えるか
 3つの柱の2番目として何を伝えるかと言う中味の問題がある。被爆の実相を伝えるために、キノコ雲の下で、人間のいのち・暮らし・環境はどうなったのか。今を生きる者の責務として可能な限りの被爆証言や克明な科学的諸調査、さまざまな資料によって原爆とはなんだったのか、原爆は人間に何をもたらしたのかを明らすることだ。
 そのうえで、二度と被爆者をつくらない、他の誰も被爆者にしてはならないという被爆者としての思い、願い、生き方を引継ぐことが大切だ。

どう伝えるか
 3つの柱の3番目は、どう伝えるかという伝え方の問題を話された。内容も展開もワンパターンにならないように努力し、語る側と聞く側のずれや溝をどう克服していくかということも重要な課題だ。教材が持つ残酷さと学ぶ側の発達段階の問題も軽視してはならないし、現場の実践と研究者の理論双方からのアプローチが大切だ。

 最後に、被爆体験の継承=明日への伝言という作詞:山川啓介 作曲:いずみたくの歌を紹介して話しを終えられた。
 これから、被爆体験を引継ぐ上で示唆に富む大変貴重なお話だった。


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 続いて、「被爆二世運動とフクシマとの連帯」というテーマで、振津かつみさんが福島の現在の状況を丁寧に話しながら、
被爆二世と福島の被曝者が結びつくことで、ヒバク者差別を許さず、ヒバク者が安心して生きていける社会を作り出すことが可能であると訴えられました。
核と人類は共存できないことを改めて確認しました。

 2日目には、各県の活動報告や二世協の活動報告と方針が提起されました。
 その中で、今回新たに被爆二世の援護を求める署名が開始されることが表明されました。(正式に決まり次第ご報告いたします。)
 2日間に亘る交流会の中で、被爆体験を話すことが出来ない被爆者の体験の重たさや被害や加害をはらんだトラウマも含めて被爆者を理解し、
その生き様を肯定して未来に活かせるのは、やっぱり被爆二世なのではないかという論議にもなりました。
 私たち被爆二世は、核の被害も戦争も無い世界を実現するために、被爆者が未来に紡いだ平和の使者なのだと改めて感じました。
共に頑張りましょう!

“奇跡の海を守ろう!!”上関自然の権利訴訟公開シンポジウム [原発]

 1月31日、「“奇跡の海を守ろう!!”上関自然の権利訴訟公開シンポジウム」が上関町中央公民館でありました。
参加者は120名。

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みぞれが降る寒い日でしたが、参加者の熱気で会場は暖かかったです。

 今回のシンポジウムの目的は、上関原発建設計画を止めるために行っている「自然の権利訴訟」を社会に広めることと、裁判官に現地へ来てもらうことです。
 パネリストは原告弁護団長の籠橋隆明弁護士や京大原子炉実験所の今中哲二助教、京大大学院の加藤真教授、山戸貞夫町議の4名です。

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 今中助教は「原子力発電所は危険なもの。それを『安全』と偽って作り続けたのが間違い」と話され、
東京電力福島第一原発の事故で誰も責任を取っていないことや放射線管理区域のような状態の場所に
住民が住まわされていたことなどを訴えました。
 また、当初、上関原発建設計画を聞いた時、反対派の共有地もあるし、この場所では狭すぎるので原発はできないと思っていたが、海を埋め立てて造ろうとしていることを聞き、非常に驚いたそうです。

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 加藤教授は日本の海洋生物は世界的に見ても固有種が多いこと、瀬戸内海で人工物のない田ノ浦が
どれほど貴重な場所なのかを話されました。
 そして、「辺野古には1mを超える珊瑚や絶滅危惧種のジュゴンがいます。」と辺野古の海のすばらしさ
も語られ、埋め立てさせてはいけないと熱く語られました。

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 籠橋弁護士は「自然の権利訴訟」のいきさつを話されました。
 裁判は弁論を終え、検証に入っています。
裁判官に田ノ浦と祝島を訪問してもらえば、どういう場所に原発を造ろうとしているのかがわかります。
裁判官に現場へ来てもらうための取り組みをしていこうと話されました。

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 山戸さんは「祝島島民が前面に出て反対運動をしていることが大事。もちろん祝島島民だけでなく
上関町の人や支えてくれる人があって、30年間上関原発は立っていない。祝島の人は高齢化してい
るが、生きて存在していることが大事」と、生きることの大事さを話されました。

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 4人が語られた後、「上関の自然を守る会」の代表であり「自然の権利訴訟」の原告団団長の高島さんから、裁判官を現地に来させるための署名が開始されたという発表がありました。

祝島&長島訪問記 [原発]

10月4日(土)
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祝島では、今年新しく出来た定食屋「古泉」で昼食を取ることにしていました。「古泉」は分かりにくいところにあるらしく、みさき旅館さんが案内してくれました。実際、道路ではないところを通らなければたどり着けないところで、祝島らしさを感じました。

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昼食後、祝島小学校に行き、海の向こうに見える田ノ浦をみました。祝島の東側にある田ノ浦は4.5kmしか離れていません。中国電力はここに上関原発を建てようと目論んでいて、その姿勢は今も変わっていません。
 しばらく島内を散策した後、みさき旅館で、上関原発を建てさせない祝島島民の会の事務局次長の山戸孝さんのお話しを伺いました。

山戸孝さんのお話し
 中国電力は山口県の豊北や田万川に原発を建てようとしたが住民の反対で建設できませんでした。そこで、中国電力は上関では町議や漁協長、民生委員など町の顔役に根回しをし、上関町から原発誘致をお願いする形にさせました。また住民を原発施設に連れて行き、綺麗な施設を見学させ美味しいものを食べさせたりしました。しかも原発のメリットばかり言ってデメリットは言いません。祝島の人達は電力会社に不信感を持ち、早朝、港へ行き、地元の漁師達の話を聞くなどしました。また祝島には原発で働いていた人や広島で原爆に遭った人もいので、直ぐに上関原発建設計画反対に立ち上がったそうです。
 祝島ではインターネットを使ってビワ茶やヒジキなどの通販を行っているそうです。商品に上関原発建設計画に反対していることを知らせるチラシを貼っているので、原発に関心の無い人がチラシを見て関心を持ってくれ、「もっと協力したい」と言ってくれたりするそうです。

夕方、再び散策を開始。
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練り塀をのある路地を散策したのち、こちらも今年で来た岩田珈琲店に行きました。
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5日(日)
 台風18号の影響で朝から小雨が降っていました。午前中の散策を諦め、旅館で学習会をしていると、みさき旅館さんが「今日の定期船の夕便は出ません。昼便は祝島に船が着くと直ぐに室津に向かうそうです」と知らせに来てくれました。本来10時40分に祝島に入港した定期船は12時30分に出港します。しかし、台風の影響のため、10時40分に祝島に入港した後、直ぐに出港するというのです。すでに9時30分を過ぎています。慌てて帰り支度をしました。
 定期船はかなり揺れました。台風はまだ離れているのに、波が高ければ定期船は出なくなります。離島は天気次第で完全に孤立します。もし、原発事故が起きたらと想像すると、祝島の人達が断固反対している理由がよく分かりました。
 四代港に到着すると、雨は止んでいました。二日目の目的は中国電力が上関原発建設を目論む田ノ浦の浜に降りることです。今回、初めての参加者もいるので、行けるところまで行ってみました。四代のメイン道路から少し外れた道を車で走ります。この道を使うのは中国電力の関係者か原発に反対している人だけでしょう。山道ですが舗装されています。しかしその舗装が至るところで剥がれ雨水がたまっていました。
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道のそばにはまだ、こんな看板があります。
途中で雨が強くなったので引き上げることにしました。

 午後から上関の自然を守る会の代表の高島美登里さんの話しをお聞きしました。
高島美登里さんの話し
 これまでの調査で、ワシントン条約保護動物スナメリ・環境庁絶滅危惧種ハヤブサ・水産庁危急種ナメクジウオ・世界的に希少なヤシマイシン近似種などを確認し、その結果、上関周辺の海域が世界的にも貴重な生物多様性のホット・スポットであり、1960年代以降の人工的改変により失われた、瀬戸内海の健全な環境が奇跡的に残された「奇跡の海」であることが確認できました。さらに、国の天然記念物のカラスバトの生息確認や、日本海特産種であるスギモク群落を発見しました。特に、2008年からは国の天然記念物でIUCN(国際自然保護連合)指定の絶滅危惧種であるカンムリウミスズメの世界で唯一の周年生息地であることや、オオミズナギドリの世界で唯一の内海繁殖地であることなど、鳥類の分野における新しい知見も蓄積しています。
 調査のきっかけは中国電力の環境アセスメント。環境影響評価法ができたため、縦覧がありました。その時に祝島の人達が中国電力の環境アセスメントにスナメリが載っていないことに気づきました。中国電力のアセスメントを調査し不備を告発。中国電力は追加調査のために原発計画の実施を2年3カ月遅らせざるを得なくなりました。
 先日、朝日新聞の「プロメテウスの罠」に載り、周りの人に何か言われるのではと緊張していました。毎朝のランニングでは挨拶をする顔見知りの人が何人かいます。その人が近づいてきて「あんた新聞に載っとったね」と声をかけてきました。何を言われるのだろうと心配していましたが、応援してもらえました。なかなか表には出ませんが、原発反対の人は増えていると感じています。

 以上で全ての行程を終え帰路に就きました。国も中国電力も上関原発建設を諦めていません。今後も祝島の人々と共に上関原発建設計画に反対していきましょう。

ミニ原爆展開催 [原爆]

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山口でミニ原爆展を行っています。
ぜひお立ち寄りください。

場所:さぽらんて ミニギャラリーコーナー
     (山口市道場門前1の2の19)
日時:11月15日(土)~24日(月)
 時間:初日(15日)12時~19時
     月~土曜 10時~19時
     日曜 10時~18時
     最終日(24日)15時終了
     休日:19日(水曜)

●被爆体験の語り
 日時:11月23日(日)13時~16時
 場所:さぽらんて 井戸端会議室
 お話し:小笠原貞雄さん

主催:山口市原爆被害者の会
共催:被爆二世の会

問い合わせ先:山口市原爆被害者の会電話083(923)2816

米国の核実験に抗議する [核兵器・核実験]

米国が9月と10月に核実験を行ったことに対し、以下の抗議文を送りました。

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                                        2014年11月5日


アメリカ合衆国 大統領
 バラク・フセイン・オバマ・ジュニア 様


       被爆二世の会 代表 寺中正樹


米国の核実験に抗議する

 貴国は、9月4日と10月3日に1回ずつ、計2回強力なエックス線を発生させる特殊
装置「Zマシン」を使った核実験を行いました。
 私たち被爆二世の会は、この核実験に強く抗議します。核実験及び核兵器の保有
が生み出すものは他国の民衆の抑圧と自国の民衆の核被害(被ばく者をうみだすこ
と)しかありません。
 69年前、貴国は8月6日広島、8月9日長崎に原爆を投下しました。原爆は男女、
年齢、国籍、職業の区別なく被害を与え、1945年末までに14万人の人々が亡くなっ
たと言われています。生き残った被爆者も原爆による後遺症に苦しんでいます。しか
も、被爆二世・三世にも原爆被爆の遺伝的影響が及ぶ可能性があります。
 また劣化ウラン弾も放射線被害を被らせる悪魔の兵器です。貴国は劣化ウラン弾
をイラクやアフガニスタンで使用しました。そこでも多くの被爆者が生まれ、劣化ウラ
ン弾による放射線障害で苦しんでいます。
 以上のことより、核兵器(劣化ウラン弾を含む)の使用はもちろん製造も保管も実験
もすべきではありません。貴国は即刻、臨界前核実験を含めた核実験や核開発をや
めて、すべての核兵器を廃棄すべきです。そして貴国は広島・長崎への原爆投下が
人道上許すことのできない無差別の大量殺戮兵器の使用であったことを認め、被爆
者に謝罪すべきです。またイラクやアフガニスタンの民衆に謝罪と補償をすべきです。
 同時に私達は、アジアからの全ての米軍基地の撤去を強く求めます。アジアの国々
は米軍がいなくても、互いにお互いの国の民衆を尊敬しあい、共に助け合いながら
生きて行くことができます。それを阻んでいるのは他ならず、岩国や沖縄など初めと
する日本全土にある米軍基地であり、韓国の米軍基地なのです。
 貴国が核兵器廃絶を本気で目指すのであれば、まず貴国が所有する全ての核兵
器を廃棄し、アジアからすべての米軍基地を撤去してください。

中国電力による損害賠償請求 [原発]

10月22日(水)、中国電力による損害賠償請求訴訟が山口地裁で行われました。
原告は中国電力、被告は祝島島民2名、若者2名。
中国電力は上関原発を建てようとしている田ノ浦の埋め立て工事を妨害したとして、
4人に4800万円もの損害賠償請求を行っています。

この日、95人が裁判所に集まりましたが、傍聴席は35席しかないため、抽選となりました。

法廷では二名の方の意見陳述が行われました。
以下、陳述書です。

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  陳 述 書
                       平成26年10月22日
                           清 水 敏 保

私は、本裁判における被告の一人である、清水敏保と申します。
 本裁判で、今まで3回にわたり意見の陳述をしてきました。
 平成22年5月には、中国電力に対する祝島島民の28年間にわたる非暴力
での抗議活動について陳述しました。
 平成23年12月には、その年の3月に発生した東京電力福島第一原発事故
による大きく悲惨な被害に基づいて、周辺に住む人達の暮らしや産業を全て
破壊してしまう危険なものであることが改めて証明され、日本には原発はいら
ないと確信したことを陳述しました。
 そして、平成25年には、私たちの住んでいる祝島が原子力防災指針による
と、原発から半径5キロ以内の「予防的防御措置を準備する区域」にあたるこ
とを述べ、そうであるけれども離島であるため、船舶による移動しかなく逃げる
手段も限られ、避難計画も確立されていないことを中心に陳述しました。
 平成21年12月に、この裁判が提訴されてから、今年12月でもう5年が経
過しようとしています。
 その間、社会情勢は様々に変わってきました。しかし、平成23年3月の福
島第一原発事故は、日本において絶対に原発をつくってはならないことを国
民の目にはっきりさせたと思います。
 だからこそ、安倍政権となり露骨に原発推進へと政治が動いても、今年の
3月に山口市維新公園で行われた、「上関原発を建てさせない山口県民大
集会~福島をわすれないさよなら上関原発~」集会で、全国各地から7000
人を超える参加者が結集し、上関原発建設計画に抗議の声を上げたのです。
 また、今年の5月には福井地方裁判所において、大飯原発を運転させて
はならないという差し止め判決が出ました。
 この判決は、福島第一原発事故により、原発の危険性や被害の大きさを
認め、原発よりも人の生命や生活を維持する「人格権」が優先されると私は
解釈しました。また、原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につな
がり、運転停止になれば、国富の流出や喪失となると主張する電力会社に
対して、裁判所は、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活している
ことが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失で
ある」と言っています。まさにその通りだと思います。
 もはや私たちの32年にわたる上関原発を建てさせないという抗議活動
の正当性は明らかだと思います。
 あとは、中国電力が取り上げた私たちの一つ一つの行動を、公平な目で
よく吟味してください。どの行動も何千万もの損害賠償の請求をされなけれ
ばならない行為ではないはずです。
 裁判所におかれましても、このような私たちの行動の正当性と平穏さを
正確にくみ取っていただき、速やかに請求棄却の判断をされることを強く
要望いたしまして私の陳述といたします。
                           以上
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  意見陳述書
                               2014年10月22日
                                 岡 田 和 樹
 僕たち被告とされている4人をはじめ、上関原子力発電所建設計画当初
から30年以上にわたって建設に反対してきた地元の人々や全国から駆け
つけた多くの人は、中国電力が訴えているような過激で違法な妨害行為
は行っていません。
 原子力発電所からは、必ず膨大な放射性汚染物質が排出されます。放
射能は生命に直接危害を及ぼすものです。すべての生き物には、生きて
いくための基盤である大地・空気・水などの自然環境が必要であり、そこ
が放射能によって汚染されることは、生存する権利が奪われることです。
何億年とかけて自然や生命が受け継いできた遺伝子を放射能は一瞬で
破壊します。さらには、汚染された遺伝子や地域は、時間をかけても元に
戻すことはできません。原子力発電所は、僕たちにとって利益でも夢のエ
ネルギーでもなく、共存することができない放射能を強制的に背負わせる
負の遺産です。生まれ育ったふるさとで、健康に幸せに生きていくために
は、原子力発電所に反対するほか道はありませんでした。僕たちは一貫
して、命やふるさと、自然や財産を守って生きていくため、平穏な非暴力
の抗議行動を行ってきました。
 日本の原子力発電所は、世界に誇る技術によって、仮に事故が起きて
も多重の防護で放射能を封じ込め、安全であると言われてきました。しか
し、安全のはずだった福島第一原発は事故を起こし収束の見通しも立た
ず、今なお高濃度の放射線汚染物質が排出され、世界中に広がり続けて
います。甚大な被害と想定外の事故が起きている以上、原子力発電所の
あり方を根本的に見直さなければなりません。広島原爆から福島事故に
至るまでどれほど多くの核犠牲者が出たのでしょうか。原子力の危険性
に目をつぶり、なお建設や再稼動をすることは再び過ちを繰り返すことに
なります。
 僕は、中国電力の一消費者として、これまでの数ある不祥事と隠蔽体
質の中国電力を信頼することはできません。 2010年には中国電力が運
転してきた島根原子力発電所で機器の超過使用が500ケ所以上、点検
の誤記載と記載漏れが1150ケ所以上あったと報告されました。緊急炉心
冷却システム用のモーターなど最高度の信頼性を確保する必要がある
機器52件の点検漏れと10年以上の超過使用も含まれていたと言われ
ています。
故意にも匹敵するほどの人の命にかかわる重大な過失です。全国初の
点検不備により原子炉は停止され、経済産業省からは保守点検ランク
全国最低評価1を付けられ、この問題だけとってみても、中国電力が原
子炉を安全に運転できる事業者ではないことは明らかです。また、放射
性物質の処分計画や地元の避難計画も定めていない中で、原子力発
電所建設を進める姿勢は、無責任そのものです。
 上関原子力発電所建設においては、これまでにも莫大なお金を地元
に配り、選挙においては不正転入を行い、現地では反対する人に暴力
をもはたらいてきました。計画は最初から原発建設在りきで、民主主義
とは程遠いものでした。地元理解もないまま工事は進み、僕たちはやむ
を得ず、現地で抗議をするほかありませんでした。
 しかし、平穏かつ非暴力の抗議行動に対して、中国電力側は強硬な
作業を次第にエスカレートさせていきました。海上に浮かぶ一人乗りの
小さなカヤックに体当たりするように、大きな作業船を何度も急接近さ
せ荒波を立てて脅したり、クレーン台船の周りで停止し抗議する漁船
やカヤックの頭上で、1トン以上ある大きなコンクリートブロックを旋回
させたり、日の出前には着工しないとしていた工事を次々と行い、真っ
暗な海上で航行灯を点けて停泊し、抗議していた祝島の漁船を、真横
から巨大なクレーン台船で押しよけて航行するなど、一歩間違えば死
傷者が出るくらい危険な行為を行ってきました。僕たちは、自分たちの
安全を確保するためにやむを得ず、ワイヤ一に掴まって強引に進む工
事に抗議しました。しかし中国電力は、「安全第一」としつつ、ワイヤ一
に掴まって抗議する男性を大型クレーンで吊り上げるというさらなる危
険な行為をしました。その有り得ない状況に強い憤りを持ち、僕もクレ
ーンのワイヤ一に掴まりました。
 直後、作業員4人により、ワイヤーから振りほどかれて、作業船に引
きずり上げられた上に、甲板に押し倒されました。そして、3人がかりで
首や手足を羽交い絞めにされました。その間も、目の前の作業は止ま
ることなく続行され、首や腹部を絞め続けられていたため意識が朦朧と
し、緊急搬送され5日間入院することになりました。中国電力は、僕たち
の行動が過激で違法な妨害行為と主張していますが、中国電力自らが
危険を招いて惹き起こしたものにほかなりません。
 僕は瀬戸内海の沿岸で生まれ育ちました。このふるさとである瀬戸内
海が大好きで、離れることができず、現在は自立して三原市小泉町で
農業をしています。豊かな自然環境や先祖が辛苦して切り開いてきた
土地を守り、何千年とかけて実り得た野菜の種子や、生きるための文
化や叡智を大切に受け継ぎたいと思っています。日々海や山、川の自
然から恵みを受けて暮らしています。先祖が代々繰り返してきた、自然
とともにある地域に根ざした生き方こそが、将来にわたり持続可能で幸
せな暮らしであると改めて実感しています。僕は、大切な命とふるさと
を守ります。それを脅かす原子力発電所を絶対に許す訳にはいかない
のです。
 この裁判が始まってまもなく5年が経過します。地元広島をはじめ、
全国各地のたくさんの方に支えられていますが、裁判の先行きも見通
せないまま、時間的にも金銭的にも拘束されて生活に多大な影響を受
けています。また、僕たち個人からすると大きな権力を持つ中国電力と
いう公益企業により訴えられているということは、想像していた以上に
精神的に大きな負担となっています。僕たちは自分たちが訴えられて
いることに納得がいきません。そもそも、命や生活を守ろうとした行動
が、一企業の利益に対する妨害行為にすり替えられていることは、と
ても悲しいことです。
 なぜ、中国電力は原子力発電所建設の大前提である住民からの理
解を得ようとはせずに、抗議する意見を押さえ込むような争いをはじ
めたのでしょうか。まずは、建設工事を凍結し、裁判を取り下げ、会社
と発電所の不祥事や隠蔽体質を改善し、信頼を回復することからはじ
めるべきではないでしょうか。僕たちは、一消費者として、中国電力に
対し、命や生活、自然環境を大切にして、放射能によって苦しめられ
てきた広島にとって誇れる企業であってほしいと切に願います。



8・6広島青空式典

今年の8月6日は珍しく大雨になった。傘やカッパを準備し、8時には平和公園に到着。
8時15分のサイレンとともに、黙祷を行う。
黙祷終了後、「戦争と被ばくを許さない写真展〜命を脅かすもの〜」の準備を開始する。
雨が降っているのでパネルをビニール袋でカバーし並べると、すぐに人だかりができる。

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被爆二世の会の幟も立て、被爆二世に援護を求める署名も開始。
色んな県から来ている被爆二世や被爆者から、被爆二世の援護について聞かれる。
広島や長崎では被爆二世手帳さえないことを伝えると、ほとんどの人が驚く。
被爆地であるがゆえに難しい事情もあるのだろうが、被爆者が亡くなっていく今、
せめて被爆二世手帳くらい作って欲しいというのが多くの人の声だ。

 10時30分、青空式典開始。
  開式の言葉の後、亡くなられた被爆者や被爆二世、共に闘ってきた仲間達の冥福を祈り黙祷を行う。
続いて、被爆二世の会より
「被爆一世の遺志を引き継ぎ、被爆二世・三世と共に核廃絶を訴えよう!」
「原発の再稼働を許さず、全ての原発を廃炉にしよう!原発被曝者の補償を勝ち取ろう!」
との基調を報告する。

次は、あじあんさんの歌だ。
雨のため一部の楽器が使えなかったが、日本国憲法の前文をラップ調で歌ってくれた。

各団体・個人からの発言では、
アジア共同行動日本連、韓国青年左派・労働党青年学生、ILPS(国際民衆闘争同盟)、連帯労組・やまぐち、やまぐち障害者解放センター、AWC関西青年部(準)、憲法を活かす市民の会•やまぐち
から発言があった。
昨年より共同行動をしている韓国青年左派・労働党青年学生は
「去年の8月6日ソウルで若者150名が集まり、8•6青空共同行動を初めて行った。
その時、掲げたスローガンは「核には人格が無い。」というものだ。
 今年は釜山の原発コリョからソウルに電気を送るために送電線をつくる地域チョンド
で反対運動をしている人たちに連帯してソウルで集会を開き、一昨日は現地に行って
連帯行動をした。
 世界の出来事と、ここ広島の出来事を総合して判断してみると「核と人類は共存できない。」
という事がはっきりとわかる。
69年前の広島の空も青い空だったと思う。
そういう本当に青い空をアジアの人が皆で共有するためには、日韓連帯を始めとするアジア
民衆の根気強い共同行動が必要だと思う。」と、発言された

その後、シュプレヒコールをあげ集会を終了した。

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