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原発ゼロ [原発]



北海道の泊原発3号機が今日(5月5日)発電を止めました。
これで国内で稼働している原発はゼロになります。
経済産業省前では連日リレーハンストが行われました。
関電前でも四国電力前でもハンストが行われました。
またいろんな場所でデモがありました。
多くの人が「原発はいらない」と意思表示をしました。
その結果、今日の原発ゼロを迎えることができたのです。
今後は、原発に頼らない日本をどう作っていくかを考えましょう。
原発を誘致している町、誘致しようとしている町の人も一緒に考えましょう。
それが未来の人に対する責任です。

知事「同意」11年抗議集会 [原発]

~知事意見提出から11年~
渡辺敦雄氏による講演会のご案内

福島原発の事故の原因は本当に津波だけ?「安全な原発」なんて本当につくれるの?
「原発をつくった人」の「本当」の話!

講  師:渡辺敦雄さん(元・東芝、原発設計者)
講演内容:「福島第一原発事故と地震・津波の関連に関して」
       講師プロフィール
       1947年山梨県上野原町生まれ。
       1971年東京大学工学部を卒業し(株)東芝入社。
       福島第1原子力発電所3、5号機、女川原子力発電所1号機、
       浜岡原子力発電所1,2、3号機の基本設計を担当。
       2005年~2012年3月まで沼津工業高等専門学校物質工学科教授。
       趣味:ひょっとこ踊り、パンつくり、囲碁

<上関会場>
日 時 2012年4月23日(月)13:30~15:30
場 所 上関町中央公民館(上関町室津)

<山口会場>
日 時 2012年4月24日(火)14:00~16:00
場 所 自治労会館3階「大会議室」(山口市元町3-49)

<主  催>
原発に反対する上関町民の会
長島の自然を守る会
原水爆禁止山口県民会議

<問合せ先>
原水爆禁止山口県民会議(TEL:083-922-1841)までお願いいたします。

大飯原発再稼働反対 [原発]



2012年4月13日、野田政権が閣僚会合で、福井県の大飯原発3号機、4号機を再稼働させることが妥当だと判断し、枝野経済産業大臣が14日に福井県を訪問し再稼働の要請をするという記事です。

福島第一原発事故は収束しておらず、現場検証もされていません。
多くの労働者が被曝しながら、事故を収束するため日々闘っています。
また原発は事故がなくとも労働者が被曝します。

原発の再稼働反対!全ての原発を廃炉に!


全国被爆二世団体連絡協議会 2012年全国総会宣言 [原爆]

総会宣言

 原爆被爆から67年目を迎えようとしています。1945年8月6日広島に、8月9日長崎にアメリカ軍によって投下された原子爆弾によって、20万人を超える人々が殺され、そして傷つきました。生き残った被爆者も原爆放射線の後障害に苦しみ続けてきました。そして、原爆の被害は私たち被爆二世・三世にも引き継がれてきました。
 被爆したのは日本人だけではありません。日本の侵略戦争の結果、アジアから連れてこられた多くの方が被爆しました。私たちはこれまで、日韓被爆二世交流会を11回重ねてきました。その中で学んだのは日本の侵略戦争が如何にアジアの人たちを苦しめたかであり、未だに日本政府が謝罪しないためその苦しみが続いているということです。私たちは原爆の被害者ですが、侵略戦争の加害者であることを忘れてはなりません。

 昨年3月11日に起きた東日本大震災と津波は、自然の驚異の前に人間の力が如何に弱いかをまざまざと見せつけました。そしてそれに続く福島第一原発事故は私たちが訴えてきた「新たなヒバクシャを作り出したくない」という願いを打ち砕きました。政府は昨年12月に「収束」宣言を行い、除染作業を行っています。1945年9月、アメリカ政府は原爆の被害を覆い隠すため「原爆の放射能で死ぬべきものは死に、苦しんでいるものはもういない」と発表しました。「収束」宣言はこれと同じ事です。アメリカ政府も日本政府も核の被害を過小評価しています。決して許すことは出来ません。全てのヒバクシャに国による援護を実現していきましょう。

 このような情勢の中で、被爆二世の社会的役割はますます重要になっています。昨年は各地で被爆二世の会が結成され、交流を実現してきました。私たちの共通の思いは「二度と侵略戦争を起こさない。加担しないこと」「再びヒバクシャを作らないこと」です。また高齢化する被爆者に代わり、私たち被爆二世が被爆の実相を世界に広めていかなければなりません。そしてフクシマの被曝者と連帯し、核と人類は共存できないことを強く訴えていきましょう!


2012年2月4日
          全国被爆二世団体連絡協議会「2012年全国総会」参加者一同

全国被爆二世団体連絡協議会の総会が開かれる [原爆]

 2月4日~5日、全国被爆二世団体連絡協議会(以下、二世協)の総会が広島自治労会館で行われました。広島、長崎はもとより、鹿児島、熊本、福岡、山口、大阪、神奈川、東京都の被爆二世50名が参加しました。

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 総会では2010年、2011年の活動報告・会計報告、2012年、2013年の活動方針・予算案を論議しました。
 活動方針はこれまで同様「再びヒバクシャをつくらないために、核廃絶と世界の平和を求める活動」「国家補償と被爆二世・三世への適用を明記した被爆者援護法の改正をめざす」「放影研の「被爆二世健康影響調査」について取り組みを進める」「在外被爆者支援と在外被爆二世との交流」などの他、「フクシマの被曝者と連帯し、東京電力・福島原子力発電所事故による放射線の影響の解明と労働者や住民の健康と安全を守り、健康被害の補償を求める取り組みに参加する」を決めました。
 最後に総会宣言を採択しました。
 総会宣言はこちら↓
 http://hibaku2.blog.so-net.ne.jp/2012-02-08-1

 続いて行われた記念講演は2つ。
 「今、二世にたくしたいもの」広島県被団協理事長 坪井 直さん (要旨)

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 爆心地から1.2kmのところで被爆し、耳がちぎれ、唇が腫れ上がり、両腕から血が流れ、背中にあいた穴からも血が溢れた。逃げると途中、助けを求める人がいたが家が倒壊し火も迫っていたので助け出せなかった。友達の手を借り、似島の野戦病院に収容された頃には意識がなくなっていた。母親が探し回り、似島にたくさんの人が収容されているのを聞き、助けに来てくれた。いくつもある建物には多くの被爆者が収容されていた。大けがをしており、誰が誰だかもわからない。母親は「直はおらんか~、直はおらんか~」と大声を出しながら各建物を歩き回った。11番目の建物に入ったとき、意識の弱っていた私の耳に母の声が届いた。「ここにおるよ」と弱々しく答えた。それで私は家に帰ることができた。しっかり意識が回復したのは9月26日です。
 昨年、福島で原発事故が起こり、風評被害が出ています。それらを打破するにはヒバクシャだけが問題にするのではなく、全ての人たちが立ち向かわなければなりません。そして国家が責任をもってヒバクシャを救わなくてはなりません。

「フクシマと連帯するために」 兵庫医科大学 振津かつみさん (要旨)
 1)フクシマ事故後、改めて問われている「再びヒバクシャをつくらせない」闘い
 2)フクシマ原発事故被害の現状~新たなヒバクシャを生み出している
 3)重大事故があっても原発を推進するため、押し付けられているヒバク
 4)フクシマと連帯してどのような取り組みが求められているか一人ひとりの健康と命を守る視点から
 5)フクシマを「核時代」の終わりの始まりに
以上5つの点から福島第一原発事故後の状況と原爆被爆者の話をしていただきました。
 振津さんは原爆被爆者と原発被曝者の共通性として「国策に沿わない人の命や尊厳、生活を脅かすものだ」と表現されました。原爆の場合は戦争が国策で、フクシマの場合は原発建設です。
そして「加害者を明確にしなくてはならない」と話されたことが心に残っています。

 翌日は二世協の具体的な取り組みを話し合った後、各県の報告を行いました。鹿児島、福岡、熊本、東京、山口から活発な意見と各団体の報告がありました。
 午後からは、広島の被爆二世の案内で市内のフィールドワークを行いました。

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50回目の愛宕山開発跡地を見守る集い [反戦]

2012年1月1日、山口県岩国市牛野谷にある愛宕神社前公園で
50回目の「愛宕山開発跡地を見守る集い」が60名の参加者の下、行われました。
愛宕神社は初詣客で賑わっています。誰もが家族の安心・安全を願うことでしょう。
その神社の前にある公園で、岩国の安心と安全を願う座り込みが行われました。

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愛宕山を守る会の岡村寛世話人代表は、経緯を説明されたあと「このまま政府の思い通りに予算執行をさせない。正義は我々にある。という強い信念を持って、この1年を皆さんと一緒に闘っていきたい」と発言されました。

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田村岩国市議は「『愛宕山見守りの集いニュース』を発行することになりました。今号は岡村さんのご挨拶と今回が50回目の見守りの集いだという記事と、地方住宅供給公社法について書いてます。地方住宅供給公社法に基づけば米軍住宅や米兵のための運動施設は公社法に違反します。」「私は岩国市議会に緊急動議を提出しました。交通死亡事故を起こしながら日米地位協定で不起訴処分になった米軍属女性に、日本での裁判権の行使などを求めるものです。沖縄でできて岩国でできないのはおかしい。しかし岩国市議会は動議を否決しました。」「おととい2人の米兵がブロックでガラスを割って民家に侵入しました。いくら市長がルールを守ってくれと言っても、同じ事が起きるのです。」と話されました。

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最後に天野さんが奴凧を持って現れました。奴凧の足には「来るな艦載機、いらない米軍住宅」と書いてあります。他にも「守ろう愛宕山」と書いた凧もありました。

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全国から届いた檄布。
韓国から送られた檄布もありました。
「愛宕山の米軍住宅建設に反対しよう!群山米軍基地わが土地取り戻し市民の会」
と書いてあります。


沖縄では米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に関し、沖縄防衛局が環境影響評価書を沖縄県庁に提出しようとしています。一部は12月28日未明に運び込まれましたが、それ以外は沖縄の人々の手によって阻止されています。


沖縄でも岩国でも、もう米軍基地はいらないという毅然とした行動が行われています。
私たちは支援し、共に闘います。

原爆症認定訴訟、勝訴判決が下る [原爆]



久々に嬉しいニュースです。
原爆症認定訴訟で国の却下処分取り消す判決が大阪地裁で下りました。
2009年8月から二年以上経ってようやくです。

しかし、原爆症認定は今また厳しくなっています。
厚生労働省は、この裁判を通して被爆者の実情を知ったはずです。
被爆者の立場に立った認定をして欲しいと思います。

原発 やめる?続ける?全国投票 [原発]

11月3日、山口市の商店街で「原発 やめる?続ける?全国投票」を行いました。
「やめる」「わからない」「続ける」に区切られたボードにシールを貼るだけの簡単な方法です。

結果は
 やめる   111票(85.4%)
 わからない  12票(9.2%)
 続ける     7票(5.4%)
 総数    130票

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 親・子・孫の三代で商店街に訪れた人は「あんなものは恐い」といいながら「やめる」に貼っていきました。
 若い男性二人連れの一方が「続ける」にシールを貼ると、もう一方が「え?俺はこっちじゃ」といいながら「やめる」に貼り、その後も二人激論を交わしていました。
このシール投票が意思を表現するだけでなく、原発について考えるいい機会になっていると感じました。

主催は「やっぱりピースじゃなくっちゃね実行委員会」です

祝島&長島ツアー [原発]

10月8日(土)~9日(日)祝島&長島ツアーを行いました。

1日目
参加者とともに祝島に上陸しました。
前日より祝島入りしている参加者と合流して「こいわい食堂」に向かいました。
「こいわい食堂」は昨年できました。ほとんどの食材を祝島の農家、漁師、畜産家が作っています。
メニューには誰が作った食材かが細かく書いてあります。完全予約制。
それは少人数のお客さんに心を込めたおもてなしをしたいという芳川太佳子さんの方針です。
私たちが予約したのは「こいわい定食」。これにオプションに豚を頼みました。

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「こいわい食堂」では食べる前に太佳子さんから食材についての説明があります。
どんな人が育てたのか、釣ったのかを聞くので安心して食べられます。
ごはんはお釜で炊いており、お焦げが香ばしい。
また太陽熱だけを利用して、煮る・焼く・蒸すなどの調理を行うソーラークッカーも使っています。

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「こいわい食堂」の母屋には太陽光パネルがあります。
これは島の電力自給100%を目指すプロジェクトの一環です。

「こいわい食堂」でゆったりとした時間を過ごした後、コーヒーが飲みたくなり喫茶店「和た屋」に行きました。「和た屋」も昨年できました。

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おいしいコーヒーを飲みながらメニューをみていると、「よばれうどん」という聞いたことのない名前が気になりました。
どんなものだろうと皆で想像しても埒があきません。
思い切って店主に聞いてみました。
「よばれうどん」とは祝島の冠婚葬祭時に振る舞われたうどんだそうです。
祝島では冠婚葬祭の時に参加者を募るのではなく、来たい人が来る方式なので、何人分用意すればいいのか見当がつきません。
そこで、うどんをたっぷり用意し、来た人に振る舞っていたそうです。
家の中だけではなく庭にもお膳を並べ、たくさんの人で冠婚葬祭を行っていたそうです。
祝島の団結力は昔からの習わしに通じているのだと感じました。

その後、自転車や徒歩で祝島の散策を開始しました。
秋だというのに暑いくらいの日差しのなか、自転車班は氏本農園まで行き道路沿いにある豚の放牧地を見学しました。

夕食はみさき旅館で頂きました。

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太刀魚、ハマチのお刺身、海老の天ぷら、鯛の吸い物、石豆腐、オムレツetc
こちらも祝島の方々が作られたり、釣ってこられたものです。
本当に美味しくてありがたい。

夜は「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の方々に今の状況をお聞きしました。
3・11以後、原発はもうできないのではという雰囲気が町内にあるようです。
今回の町長選では原発推進対反対というより、原発財源に頼らずどう町政を行うのかが争点になりました。
どちらの候補者に入れても原発ができないのなら実績のある現町長に入れた方が町政が上手くいくのでは、そう考えた町民も多かったようです。
山戸さんは「原発のない町政にならいくらでも協力する」とおっしゃってました。
その一つが第六次産業です。
第六次産業とは第一次産業(農業、水産業)、第二次産業(食品加工)、第三次産業(流通、販売)を合わせたもので、祝島ではすでに行っています。
これを上関町全体で行えば、農業、漁業を守りながら若者の職場の確保もできると考えられます。
今年立ち上げた「祝島 自然エネルギー100%プロジェクト」も進んでいます。

福島の状況には山戸さんたちも大変心配されており「住民は除染ではなく、とにかく避難すべき」と言われました。
まず避難し、その後、どうすべきかを考えたらいい。
祝島にも避難してきた人たちがいたそうです。
落ち着き先を決めていなかったので、しばらく祝島に滞在し、落ち着き先を見つけまた引っ越していったそうです。


二日目

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祝島の夜明けは感動的です。
今はかなり東側から朝日が昇っていますが、夏場は田ノ浦上空から朝日が昇ります。

二日目のメインは長島フィールドワークです。
昼便のフェリーに乗り、長島へ向かいました。
四代港から田ノ浦を目指します。
途中、警告文の書かれた看板が現れました。

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これは私たちが3月12日に訪れたときにはありませんでした。
つまり3・11に起きた福島原発事故の後に立てたものです。
少し走ると、また、看板がありました。
結局、その後も言葉を少しずつ変えながら9枚もの看板が立っていました。

田ノ浦海岸はものものしい看板とは裏腹に穏やかでした。
時折、中国電力の敷地内から田ノ浦海岸に入らないようにとアナウンスが流れていましたが、3月12日には海岸にあったオイルフェンスやパイプが片付けられていました。
今は工事もストップしています。
コンクリートの桟橋はまだ残ったままです。

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自然には浄化力があります。
中国電力が撤退してくれれば田ノ浦は今以上に命あふれる海になるでしょう。

「長島の自然を守る会」のお話ではオオミズナギドリが今年も子育てをしているそうです。
オオミズナギドリが瀬戸内海のような内海に生息しているのは上関町宇和島のみ。
親鳥は普通、ヒナ鳥のために300kmも飛んで餌を探し回るそうですが、宇和島では50kmほどしか飛んでいません。
それだけ餌が豊富で遠くまで飛ぶ必要がないそうです。
また「長島の自然を守る会」ではエコツアーのための船を買いました。
今後スナメリウオッチングなどを計画し、船の上で、もずくを採り天ぷらにして食べる案もあるそうです。
上関町の町おこしの一環になればと言っておられました。

今回のツアー参加者の中にモンゴルの研究をされている方がおられました。
以前、アメリカと日本が一緒になって放射性廃棄物処理場をモンゴルに作ろうとしていましたが、モンゴル政府は外国の放射性廃棄物は国内に入れないことを決めたそうです。
しかしモンゴル政府は原発を国内に作ろうとしています。
地震の多い日本に原発があるのだから、地震のないモンゴルなら安全だ。
そんな安全神話をモンゴルに作ろうとしています。
原発は事故がなくとも労働者が被曝し、何万年も管理しなくてはならない放射性廃棄物を作り出します。
日本の原発を止めることはモンゴルを始め世界の原発を止めさせることに繋がります。

8・28さようなら上関原発全国集会 [原発]

被爆地、広島と長崎から駆けつけた「上関原発建設反対キャラバン」も加わり、1250名の参加のもと、「8・28さようなら上関原発全国集会」が開催されました。

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まず、地元山口の原水禁山口県民会議の岡本議長より「さようなら原発1000万人アクション、1000万人署名を行いながら脱原発を大きな国民運動にしていきましょう!」とあいさつ。

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次に、上関原発を建てさせない祝島島民の会の山戸貞夫代表より
「私達上関町に住む人々は30年間にわたって、この地でなんとかこの豊かな自然とおおらかな人々の生活を守ろうと原発計画反対運動に取り組んで参りました。今年の2月にも電力会社が国の後押しを受けて強行してきた埋め立て工事も地元の人々や多くの応援する仲間のおかげで、その工事もストップさせました。
 その後のにらみ合いが続く中、3月11日東日本の大震災、そして福島第一原発の事故が起こりました。私達のもとに福島で原発事故の被害を受け各地に避難している人達が訪れています。被害者の皆さんの話を聞くと本当に切実です。今まで住んできたところを自分に何の罪もないのに追い出され、未だ定住する場所がみつからない。故郷を捨てなければならない。そういう悲しみを語ってくれます。私達が原発計画に反対したのは、実はこの上関町がそうならないようにと思って願って動いてきたのがその原点だと思います。
 100万人を目標にして取り組んだ上関原発反対の署名は、先日、目的を達することができ、経済産業省にも提出しました。
 現在、上関では原発を進めようとする計画が全面的に止まっております。ただ私達は今工事が止まっているからといって安心できません。今の政府や国の流れから見ていつまた人々の生活を破壊しつつある原発建設を再度進める動きが出てくるかもわかりません。今私達の願いは工事がストップするのではなく、上関原発建設計画自体を止める、日本の原発の新増設自体を止める、そういう政府を作っていきたいと言うことです。まず、新増設を止め、その後稼働している原発を全て無くしていく。
 今日、集まられた皆さんに感謝すると共にこれからも共に手を取りあって闘っていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。」
 と挨拶されました。


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 長島の自然を守る会の高島美登里代表は
 「上関は世界中の注目をあびています。世界で5000羽しかいないカンムリウミスズメが世界中で上関町だけ一年中みられるということ。そしてオオミズナギドリという鳥が世界中で一番狭い範囲で子育てできる場所だと最近わかりました。それはここがカンムリウミスズメにとってもオオミズナギドリにとってもいかに餌がとりやすい暮らしやすい場所であるかを物語っています。
 近々、世界の太平洋の海鳥グループと日本の海鳥グループが政府に向かって絶対にここに原発をつくらせてはいけないという要望をだされることになっています。そして私達は世界自然保護連合という世界中で大切な環境を保護する団体に登録の申請をすることにしました。来年は韓国で世界全体の集まりがあります。そこでここの海を環境を守ってくれと国際世論に訴える予定です。
 私達もとにかく上関原発は絶対に作らせない。そして、貴重な環境を守る。それによって人々の暮らしを守る。人と生き物が共に安心して暮らす。そういう上関町を目指し頑張っていきます。これからもご支援よろしくお願いします。」
 と挨拶されました


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 福島平和フォーラムの竹中柳一代表は
「私は根っからの福島県人ではありません。30年間東京に住んで、原発を推進する東京電力を使ってきました。そういった意味で複雑な思いがします。
 私の住む現在南相馬市は警戒区域、緊急時避難準備区域、特定避難勧奨地点、計画的避難区域、なんでもない地域の5つに分けられています。私は今、胸に累積線量計をぶら下げています。アメリカ軍が兵士に配っているものと同じものです。これは10マイクロシーベルト/hのところに近づくと警報がなります。5月12日から計算して544マイクロシーベルトなので、だいたい一日5マイクロシーベルトの外部被爆を予想せよということです。しかしこれは食べ物についている放射性物質、水に含まれているもの、あるいは当初含まれていたヨウ素を計るわけにはいきません。あくまで外部被爆です。
 今の福島の現状をお話しします。3万6千人の福島県民が県外に住民票を移転しています。そして県内避難者は7万人。3月11日以降職を失った方、4万6千人。子ども達の現状は夏休みあけて約1万人の小・中・高・特別支援学校の子ども達が県外の学校に転校しています。
 食べ物は、牛、牛乳、キノコ、野菜の多くが食べられません。セシウムが出ています。
海の状態は、7月14日の調査の結果、国の暫定基準値が500ベクレルですが、 アイナメ700ベクレル、カレイ750ベクレル、ひらめ760ベクレルです。更に深刻なのは川魚です。どうして川かというと、今除染でいろんなことをやっていますが、流れ出た水はどこにいくのでしょうか?川に流れれば、放射性物質が蓄積されます。そこの苔などを食べる鮎は1610ベクレルでした。
 私達福島県人が失ったものというのはお金では買えません。取り戻せないものを失いました。チェルノブイリを基準だと800km2が強制避難の地域です。山口県に当てはめれば1割以上の土地がそこには人が住んではいけない地域になります。そうした山口県を想像していただきたい。人が住んでは行けない土地の隣で安心して子どもが育てられますか?今起きていることはそういうことです。
 続いて、畑、こういったものは私たちだけが作ったものではありません。江戸時代よりもっと前から、いろんな人々が苦労をしながら水田や畑を自然と共生しながら作ってきました。そういったものを今、福島県では何も作れない土地にしてしまった。私達は償いきれない過ちを過去の人達に犯してしまったのです。
 最後に未来の人達に対して何をすればいいのか。この福島県内の状況を子ども達に残しておけない。だから子ども達は1万人も福島からいなくなったんではないですか?お子さん達は原発事故によってかけがえのない未来をある意味では喪失をする事態に追い込まれたのです。」
と福島の現状を報告されました。

連帯挨拶として、各地の原発訴訟を担っている弁護士や社民党山口県議会議員の佐々木明美さんが挨拶をされました。また社民党本部からも連帯メッセージが送られてきました。


続いて、「上関原発反対」「きれいな海を守ろう」などの声を上げながらデモ行進を行いました。

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デモ終了後、集会宣言を採択し、参加者全員で「上関原発反対」のシュプレヒコールをあげました。


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